前回、パラレルに演じるという話をしましたが、弊社では、全員が複数の役割を持って働いています。デザイナーでも営業や企画をします。見積もりの作成や交渉を始め、お客様との打ち合わせにも参加して、材料を自分で集めて実際のデザインを行います。ライターも、取材や原稿作成だけでなく、冊子の企画からWeb構築・プログラミングもします。企画・営業、事務・管理、制作…ひとつのものを作るために、まったく形のないゼロの段階から最後まで、できるだけ一貫して関与する方法を取っています。
すべての作業をプロジェクトの全体像や最終形をイメージしながら行えるので、一つひとつの作業の意味や大切さが身を持って理解できます。また、お客様の声を直接聞いているので、期待に応えようと高いクオリティを求めます。最後まで自分の力で仕上げられた達成感は、そのまま、その人の血肉となり報酬となるからです。
たくさんのことを並行してやると、散漫になってしまうのではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、よりよい結果を生むために様々なプロセスを工夫するということは、一つひとつの作業をたくさんの視点で見て、様々に手を動かす体験です。これにより、試行錯誤も細かく速く行えます。結果として、一つひとつの作業をより深く広く捉えることができるようになります。なにより、実務部分において、営業から制作に…とか、ライターからデザイナーに…とかいう伝言ゲームが少なくて済むので、完全分業でクリエイティブチームを作るよりも、ムダが少ないと感じます。結果かプロセスかという二元論ではなく、“どちらも”とても大切で、双方に影響を与え合っているということだと思います。
ですから、苦手意識のあることや未経験のことも、必ず一度はやってみるのが基本です。できるようになれば嬉しいですし、もしできなかったとしても、「自分のできなさ」を知ることで、対処の仕方は学べます。真正面からの克服を試みる、別の得意なことで貢献する、他の人を巻き込んでチーム戦で達成を目指す…などなど、プロジェクトや担当者の性質によって、対処の仕方がいろいろあるということを、身を持って学べる機会となります。社員ではありますが、個人事業主的な働き方にも近いと思います。
もちろん、プロとしてお受けしているものですから、新人や経験の浅いスタッフの場合は、結局、最終的なクオリティチェックや手直しは、かなり必要となります。慣れた人がやる3~10倍の時間はかかりますから、「私がやればすぐ終わるのに…」という気持ちがどうしても湧いてしまうのですが、それでも、“新人の裁量を最大限広げる”ことはとても大事だと考えています。はじめから精鋭として扱い、チャンスを与え続けるということを意識しています。
ひと昔前であれば、最初から最後まで責任を持つ人は会社や部署のトップに1人か2人居ればよかったかもしれません。バリバリ稼ぐ人の邪魔さえしなければお給料がもらえるような大所帯の会社がまだあるのかもしれませんけれど、これからは、経験や年齢の多寡に関わらず、“すべての人が最もよいパフォーマンスの発揮できる会社”になる必要があると感じています。
人によって得手不得手は必ずあります。同じものさしの上でAさんとBさんの頑張りや成果を比べてしまうと、どうしても、どちらかのパフォーマンスがどちらかに劣るという判定をせざるを得ません。だから、一人ひとりがそれぞれに満点を取れるものさしをカスタマイズしておくことが必要だと考えています。
Aさんは絵が得意なデザイナー。デザインに関しては100点満点中で85点は出してもらいたい。お客様との打ち合わせや価格交渉は少し苦手なので複雑な場面にはBさんにサポートしてもらいつつ+10点。進捗管理は少しだけ心配なので、Cさんに声がけをしてもらって+5点。これで100点に近づける。
Dさんはプレゼン上手なデザイナー兼ライター。デザインに関してはひとまず40点でOK。バランスを見るためにEさんのデザインディレクションを受けて+10点。お客様とコミュニケーションを密に取りながらライティングと全体構成を進めて+50点。これで100点。…と、プロジェクトや関わる人によって、毎回カスタマイズされる感じです。
適材適所という言葉は昔からありますが、既存の場所・作業に人材を配置するのではなく、その人材の個性や特性に合わせて新たにプロジェクト自体をつくっていく感覚に近いと思います。
弊社はたった8人なので、カスタマイズしやすいのは当然ではあります。働く時間や場所の違い、子育てや介護の必要な家庭かどうか、実家が近いかどうかなどの環境や衛生面での彼女たちの負担や不安を、まずは十分考慮し、将来的に身に付けたいスキルやなりたい自分像を共に探りながら、その上で日々の行動プランや課題を考え、達成度を確認しています。
弊社が求める人材の条件は、もしかしたら“敷居が低い”と言えるかもしれません。大学での専門性や社会での職歴よりも、日々の生活スタイルや思考スタンスのほうが重要になってくるからです。
例えば、「以前●●という会社で○○という仕事をしていた」という実績や「▲▲という専門性を活かして△△のような仕事をしたい」という意気込みは、弊社ではあまり意味がありません。なぜなら、得意なことだけやってもらいたい訳ではないですから。
むしろ、「■■が大好きで、どうしても□□を集めてしまう」とか「負けず嫌いだ」とか「あまのじゃくだ」とかいうような個人的かつ内省的なことが、嘘なく言える人であればまずは十分だと考えています。
パラレルに演じることがなぜ必要かと言えば、その時その時で自分ができる最も適したお役立ちを、目の前の人に提供し続けるためです。そのために必要なもののひとつは、自分自身ができること(=強み)を常に棚卸しできる客観性。そして、その強みを常に磨き続ける努力も必要です。さらに、新たな強みを身に付けるために、アンテナを高くフットワークを軽くしておくことも必要です。
例えば、会社以外ではアートやデザインに触れないデザイナーや、普段は本を全然読まないライターや、自分の家の家具がダサいインテリアコーディネーターに仕事を頼みたくはないですよね。
仕事以外の時間をどう豊かに過ごしているか、常日頃どんな考え方で生きているかが、仕事という限られた時間の中で、どうしてもにじみ出てしまう。結局は、人間性というか生き方を問われるのだと思います。…そういう意味では、めちゃくちゃ敷居が高いのかもしれません。
仕事の中でいろんな役割を演じることで、少しずつ人生そのものにも影響してくる。そうやって、おのずとその人の生き方に深みや厚みがついてくるのではないでしょうか。
生き方とか人間性とか言いましたが、どんな人にも必ず、その人にしかできない絶妙な「はまり役」があります。あると信じています。
「はまり役」は、自分の特性に合って、仕事をしている環境に合って、人を喜ばせることができて、無理なく楽しく、いきいきと演じられる役割。それでいて、その人にしかできない役。様々な役割を演じてみることは、結局「はまり役」を探すことにつながります。(すでに「はまり役」が意識できている人にも、まだ見ぬ「もっとはまる役」があるかもしれません。)
では「はまり役」をどうやって見つけるかというと、「とにかくやってみる」という新たなチャレンジの機会が必要になってきます。
しかし、私自身の社会人経験を振り返ってみると、ガツガツと自分から手を挙げてチャレンジしてきたことは数えるほどしかありません。どちらかというと、まだ右も左も自分の強みも弱みも分かっていない私に対し、諸先輩方が水を向けてくださったり、引き上げてくださったりして、知らないうちにその環境を整えてくれたからこそ、段々と環境に対する自分の振る舞い方が分かるようになってきたように思います。そこで、なんとなく自分の「はまり役」を見つけたような、見つけてないような…というくらいでUターンしました。
それを踏まえると「チャレンジの機会は湯水のように与えられるべき」だと思います。経験が少ないうちは意思を持って選び取れるものは限られています。だからこそ、成長できるチャンスを、職場の中にもっともっとゴロゴロと分かりやすく転げておきたい。毎日、一人ひとりが、何か新しいチャレンジをしているような状態が、私の考える職場の理想形です。
一時期フリーランス状態で活動していた頃は孤独でした。そして、限られた範囲の中で、自分の技術と経験を切り売りしている感覚がありました。例えるなら、1本の鉛筆。書いては削り書いては削り…だんだん短くなってくる残りの長さを気にしながら、いつまでこの方法で仕事ができるんだろう?と不安な感じでした。(起業自体を目標にしてしまったり、もともと自分がそう好きではないことで稼ごうとすると、早晩こういう気持ちを味わうことになると思います。)
でも、チームで共に取り組む仕事では、できることや気づけることの幅が、一人のときよりも圧倒的に広がります。それに、年齢や環境などが違ったりしてギャップが広ければ広いほど、お互いにとって刺激となります。うちのような小さな会社では、一人ひとり違うペースやセンスを憶せずに出して取り組むことが、お互いの学びや気づきにもつながっています。例えるなら色鉛筆。様々な色を取り合わせて、その時々の絵柄を持ち寄って、思わぬものが完成していたりします。
一方、チーム作りの大変さもありました。スタートアップの会社だったためスタッフが新卒か未経験者ばかり。育成や指導の時間は膨大にかかりました。スタッフ3名をマンツーマンで指導していた頃は、スタッフが帰ってからがようやく通常作業の時間でした。一度チャレンジしてもらってからの→クオリティチェック→私の手直し時間もあるので、純粋に自分が担当する作業にかかれるのは深夜か休日。指導の合間になんとか締め切りに間に合うように自分の作業を滑り込ませているような感じでした。
それから少しずつ、経験を積みお互いの得意分野や特性がわかってくると、スタッフどうしで学び合えるようになってきます。人に教えるとさらに学びや気づきが増えますので、そこまで来ると、私が直接指導する必要のあるものは、少しずつ減ってきました。思い返すと4年目あたりが一番きつかったかもしれません。
さいごに、経験・年齢の少ない人が既に持っている原始的かつ最強の武器があります。百戦錬磨の人たちは失ってしまった武器。経験値や加齢によって当たり前になってしまったことを、新鮮な感覚で受け取れるという武器です。どんなにベテランでも、いえ、ベテランになればなるほど、死角は増えていくと感じています。大ベテランの死角を突き、思わぬ展開を引き起こせるのはビギナーだからこそ。これを活かさない手はありません。
こうして、ベテランの方も、若い人から教えられることがたくさんあるんですね。お互いに違いを認め、お互いに新しいことにチャレンジする姿勢を忘れなければ、年齢に関わらず、もっと「はまり役」を見つけられるような気がします。